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第6話 ウサギと織物

Author: ポムの狼
last update publish date: 2026-10-26 05:59:21

第6話 ウサギと織物

「ご馳走様でした」

 食事の間、シリルがフィリスのことについて、名前以外で何かを聞くことはなかった。

 どこの生まれだとか、どうして森で追いかけられていたのだとか、どうして借金のカタに売られたのだとか。

 フィリスとしても、もはや思い出したくもないことだったので、聞かないでくれたのは、ありがたかった。

 フィリスは、食べ終わった食器をシリルの分も重ねて集めた。作ってもらったのだから、片付けくらいはしたい。

 フィリスが食器を持って家の玄関へ向かうと手が塞がったフィリスの代わりに、シリルが扉を開けてくれた。やっぱりこの方は、お優しい。

 フィリスがお礼を言うと、「これくらい普通だ」と言って、シリルはそっぽを向いてしまった。

「わぁ、素敵な家ですね」

 フィリスは、家に入ってすぐにその内装を見て顔がほころんだ。

 明るい木材を張った床と壁。床には温かみのある赤に白のウサギが描かれたカーペットが敷かれていて、思わず笑ってしまった。部屋の奥には石造りの暖炉とキッチンがあり、二階に続く階段もあった。

「ご主人様は、ウサギがお好きなんですか?」

 シリルに聞いてみたが、聞こえないふりをされてしまった。たぶん好きなんだ。

 キッチンのシンクに食器を置き、蛇口を捻る。

 シンクに置いてあった固形石鹸で食器を洗った。

 洗い終わったものは、何も言わずにシリルが受け取り、布巾で拭いて、食器棚へしまってくれた。

 二人分の食器は、あっという間に洗い終わってしまった。何とかして、シリルに褒めてもらいたいフィリスには、少し物足りない時間だった。

「あの、ご主人様」

「なんだ」

「他にお手伝いできることは、ありませんか?」

 とその時――ガリガリと家の扉を引っ掻く音がした。

 シリルが開けるとルミが飛び込むように部屋に入ってきた。そしてすぐにフィリスのスカートを咥えて引っ張った。

「いってやってくれ。俺も他にやることがあるから」

 シリルはそう答えると階段を上って、姿が見えなくなってしまった。

 フィリスは、短いため息を吐いてから、「行きましょうか」とルミの大きな白い頭を撫でた。

* * *

 ルミがフィリスを引っ張ってきたのは、昨日と同じ厩舎だった。ルミは、作業台の上に乗った自分の毛の塊の前でドスンと飛び跳ねた。

「さっさと何か作れってこと?」

 どうやら正解のようで、ルミが頭を勢いよく下げた。

「じゃあ、ひとまず全部糸にしてしまいましょうか」

 フィリスは、厩舎の中央に立って目を閉じた。意識を作業台の上にある毛と寝台の上にある毛に集中させる。両手を組み合わせると毛の塊からそれぞれ太さの違う糸が宙を舞うように紡ぎ出された。

 寝台の上にあった羊毛のような毛からは、毛糸のような太さのある糸。

 作業台の上にあった背中の毛と首下の毛と耳の毛は、それぞれ別々の細い糸へと姿を変えていった。

「キュウ!」

 ウサギって、キュウって鳴くんだ……

 ルミは、つぶらな瞳を輝かせながら、宙を舞う糸たちを目で追いかけた。

 フィリスは、その様子に笑みをこぼしながら、糸を紡ぎ続けた。

 ものの数分で、作業台の上には、輪になった糸の束が山になった。全部で毛の種類ごとに四種類の糸が完成した。でも、全て同じ色だから少し物足りない。ご主人様はきっと、白い服は着てくださらないだろう。

「ねえ、ルミ。この辺りに七彩花《しちさいばな》は、生えてない? あれがあると糸が染められるんだけど」

 そう聞くとルミは、ぴょんぴょんと厩舎を出た。フィリスも厩舎の前にあった桶を持って、ルミを追いかけた。

 厩舎の裏の森を少し進んだ先、森の木が開けた場所に一面の花畑が広がっていて、フィリスは、息を呑んだ。

「すごい! これ全部、七彩花の花だわ」

 そこには、赤や黄色、青や紫など色とりどりの花が咲き乱れていた。全て同じ丸い花弁の花なのだが、花の株ごとに花弁の色が違う。この七彩花という花だと簡単に糸を染められるので、ヴァイセン織物工房でもよく使う染料の一つだった。

 フィリスは花の株に余計な傷をつけないように、花の下の細い茎を爪でつまんで、花だけを採取した。黒色を作るには、色々な色を混ぜる必要があるので、せっせと花を摘んで桶に入れた。

「よし、これだけあれば、ひとまずいいかな」

 桶の半分ほどに七彩花の花が溜まった。厩舎からも近いし、足りなければ、また採りにくればいいだろう。

 フィリスは、ルミを連れて、来た道を戻った。

「じゃあ染めようか」

 まず、採ってきた七彩花を厩舎の前の草の上に出して置く。そしてフィリスは、湖から澄んだ水を汲んで、水の入った桶を三つ用意した。

「赤と黄色と青の花をそれぞれちぎって入れるのよ」

 フィリスは、摘んできた花をちぎって、桶に入れていく。赤い花は、一番右の桶。黄色い花は、真ん中の桶。青い花は、左側の桶と分けてちぎって入れた。

 花弁から絵の具がにじみ出るように色が出て、ちぎり終わるころには、色水が完成していた。

 ルミがつんつんと前足で青い色水に触ると、真っ白の毛の先が少しだけ青くなってしまった。必死になって取ろうと湖に前足をつけるルミだったが、湖に浸けても青色は落ちなかった。

「七彩花の色は、一度ついたらなかなか落ちないの。そこは、後で鋏で切ってあげるね」

 そう言って、ルミを慰めると、ルミは機嫌を直したのか耳を後ろに倒して目を細めた。

 フィリスは、四種類の糸をそれぞれの桶に入れた。手で触らないように、その辺で拾ってきた木の枝でぐるりと桶の中を回すと白い糸に色が入っていく。枝に糸を引っかけて持ち上げると、しっかり染まっているようだ。

 ふと人の気配がしたので家の方を見ると、シリルが家の横の納屋から長い板材を出しているところだった。板材を肩に乗せて、せっせと家の中に運んでいる。何か作っているのだろうか?

 何を作っているのか分からないが、急がないとあっという間に日が暮れてしまう。フィリスは、なんとしても今日中にシリルのために何かを作ってしまいたかった。

 色のついた糸の束を枝ですくい取って、草の上に並べる。少し置いておけば、色移りもなくなるので、そうすれば物干しにでも移して干せばいい。

「よし! じゃんじゃん染めちゃうよ!」

 フィリスは、休むことなく手を動かし続けた。

* * *

「ふぅ、そろそろ乾いたかな」

 湖の前の一番日当たりのよい場所に並んだ物干しざおには、色とりどりの糸が風に揺れて靡いていた。もちろん黒い糸もある。

 温かい日ざしのおかげで、干した糸はすっかり乾いたようだ。

「ルミは、何色が好き?」

 ルミに聞くと、ルミは物干しざおに吊るされた赤い糸を鼻でつついた。ルミは、赤が好きなんだね。

「よし、じゃあルミには、ご主人様とおそろいのマットを作ろうか」

 フィリスは、毛糸のように太い赤い糸の束と染めずにとっておいた白い太い糸を肩に担いで、草の上に置いた。

 目を閉じて、両手を組み合わせる。

 ご主人様の家にあったウサギ柄とおそろいのマット。

 ルミがリラックスできるマットにしたい。

 そう念じると、赤と白の糸は、空を舞いながら厚手の生地へと姿を変えた。

「ルミ、できたよ」

 出来上がったのは、大きな白いウサギの柄が中央に一羽織り込まれた大きなマットだった。ウサギの周りは、赤い糸が織り込まれ、赤と白のコントラストが美しい一品となった。

 それを見たルミは、耳をぴんと立てて、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。すぐにマットの端を咥えて自分の厩舎まで持っていき、器用に寝台の上に敷く。その上に自分もさっそく乗ってすりすりと顔を擦りつけた。どうやら喜んでくれたみたいだ。

「よし、次はご主人様のだ」

 フィリスは、ルミの首の毛から作った綿に近い触り心地の黒い糸を物干しから降ろした。これは、ご主人様の服にしよう。

 さて、どんな効果をつけるべきか……

 フィリスは、腕を組んでしばらく唸った。

「そうだ! 動物に好かれる効果をつけてみよう!」

 ウサギがあんなに好きなんだから、きっと他のモフモフも好きに違いない。

 フィリスは、シリルがルミや小鳥たちに囲まれて嬉しそうにしている姿を想像しながら祈った。

 黒い糸が宙を舞い、今度はそのまま服の形へと織られていく。

 シンプルな長袖のティーシャツがふわりと草の上に乗った。

 すぐにご主人様のところに持っていかなきゃ、と思ったのだが、ここでフィリスは自分の恰好も見直した。

 追いかけられたせいで、所々裂けてしまったスカート。胸元も借りたケープで隠したままだ。

 先に、私の服も作ってもいいよね。

 フィリスは、モスグリーンの糸と白い糸を物干しから降ろして祈った。

 今度、出来上がったのは、モスグリーンのワンピースと白いエプロンだった。これには、急いでいたのもあって、特に効果は、つけなかった。

 フィリスは、出来上がった服を持って厩舎に駆け込み、着ていたドレスから新しく出来上がった服に着替えた。借りていた黒いケープと新しく作った黒い服を持って、フィリスは、家に走った。家に駆けこむと、ちょうどシリルがキッチンに立って、夕食の鍋をお玉でかき交ぜているところだった。

「あの、ご主人様」

 フィリスが声をかけると、シリルが振り返った。

 その銀灰色の瞳で見られただけで、フィリスの心臓は早くなった。

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